collection of works
Publication September-December 2022
足尾は銅山の町として知られる。 1973年の閉山後、足尾銅山観光などを 中心に観光地として、また晴天の渡良瀬川の河原 には水辺で楽しむ人々で賑わいを見せている。 車を停めてひと気が少ない商店街を進む。 渡良瀬川のせせらぎ、鳥の声。 かすかに聞こえる地方局のラジオ。 懐かしい匂い。そこに今も暮らす人々の気配。 そして失われた時間の痕跡。 8月の足尾は気温25°Cと過ごしやすく 撮影は夕刻まで続いた。
2022年8月6日 足尾にて
俺な、世の中のだいたいのひと しょうもない常識とか固定観念みたいなもんに 囚われてさ、もっと自分を開放してさ、主張すればいいと思うんよな。 と彼は言う。Y氏68歳。自分の写真で本を作りたいと言うので週末に 生家を改造したBARで店主をしながら朝から飲んだり歌ったりしている 彼の秘密基地みたいなところで撮ることにした。
キャプションより抜粋
神戸の春日野道商店街。阪急の駅近くに、のぞみ青果店はある。青果店といえば野菜や果物を扱うお店と思うのだが、実際は個性強めの居酒屋的なお店であり、初めて訪れた際に店内で飼われているウズラを眺めながら一杯やるのはなんともいえない感覚でどこか懐かしいものであった。さてなぜ、のぞみ青果さんの紹介なのかというと今回紹介する写真家、角谷昭二さんはこの店の店主であるからだ。名門神戸高校の写真部の部長という経歴を持つこの店の大将は店内に高校時代に撮影した作品を壁一面に張り巡らせていた。そこに写るものは青春の群像であり、卒業アルバムをめくる時のような少々の照れくささと、ともに押し寄せるこの時代に対する憧憬。昭和、平成、そして令和。時代を超えて出現した傑作写真集。ぜひご覧いただきたい。
文 ハヤシシゲミツ
日本がまだ貧しかった昭和30年代。街中で光り輝いていたアメリカ車。 これらの写真は60年前、中学生だった私が父親の写真機を借り東京中野 の自宅周辺で撮ったものです。1964東京オリンピックに向けて都心部 は工事に伴い喧騒に満ちていました。しかし、中野あたりはまだまだの どかな武蔵野の面影を残していました。これらのクルマと背景に、時代 を感じ ていただければと思います。 作者キャプションより。
伝説のパンクバンドTHE STALINの元ドラマーで現在もミュージシャン にして建築家、そして画家でもあるイヌイ氏の複合的な視線でとらえら れた写真集。momentで編集、デザインをお願いしているタカギトオル 氏の紹介によりmomentから出版していただく運びとなりました。 イヌイジュンTHE END OF THE NATION A5判60ページ 下記の作品紹介文はタカギトオル氏のFacebookページから引用。 「政治家と結託して」作られていく「真新しい建築物」に興味が失せた と本文で語るアンチバシーに満ちたイヌイの視線は、わざとらしくなく 経年を醸しながら佇む街角や、人が住み日々の営みのなかで朽ちていく 古家に注がれる。通りすがりにiPhoneでイッパツ」という写真群だが、 ただ表層的な「いい風景」というだけではない、風刺精神と審美感覚が 底流にある秀逸なスナップになっている。 11/26から阿佐ヶ谷ギャラリー白線にて開催されるイヌイジュンの画展 「On Sunday Morning」にて販売開始です。
ハマダさんがSNSに投稿するモノクロームの風景写真はとても味わい深く同 世代の心に響くものがある。momentを立ち上げるにあたり私はハマダさん の作品集が観たいと思ってお声がけさせてもらったところ快諾していただい た。打ち合わせを重ねているといくつかのシリーズが浮かび上がったがその 一つが病棟徘徊である。ハマダさんが一作目にこのテーマを選んだ事には少 し驚いたが、完成した作品集を拝見してとても納得。そこに広がる世界は病 棟という小さな宇宙であった。以下作者のステートメント。 ある日身体に起こった異変は、体が自分の組織を攻撃してしまうという奇妙 な病気だった。病室だけが世界のすべてだった当初からやがて病棟内を自由 に歩けるようになり退院するまでの49日間の記録。
Publication January- 2023
エチオピアとの30年にもおよぶ戦いの後、93年春に独立したアフリカの小国エリトリア。
その後も2018年の和平成立まで国境紛争の続く中、
2006年の夏、私はエリトリアの地に降り立った。
イタリアの植民地でもあったエリトリアの街並みは古き良きヨーロッパを思わせていて、
独特の淹れ方をするエスプレッソをポップコーンとともに振る舞うのが
客人に対する一番のおもてなしだということだった。
乾いた大地のあちこちには、かつてこの地に移住してきた
イタリア人によって植えられたサボテンが現在も植生していて
子供たちはその実を収穫し、道端などで売って家計を助けている。
「インジャラ」と呼ばれるエリトリアや周辺の国々の主食は
酸味の強いピザ生地のようなものを、
スパイスのきいた羊のモツや野菜などをつけあわせに食すのだが、
癖が強くて私の口には合わなかった。
植民地時代の面影と、アフリカの大陸的な風景が共存し、
長い紛争から復興途上のけっして裕福とはいえない生活のなかで
子どもたちの瞳は、希望と平和な未来に向けて輝いていた。
ステートメントより
1991年夏、ロングアイランド大学でひらかれたマスターフォト ワークショップに参 加するために ニューヨークを訪れた。マ ンハッタンに一週間ほど滞在していた時に撮影したものを写 真集にまとめました。初めての海外旅行ということに加えニュ ーヨークの街は見 るもの全てが魅力的で 興味のある対象を見 つけるとシャッターを切った。特にカメラを持った私に現地の 子どもたちは興味津々で 自らポーズをしてくれたり笑顔を作 ったりしてくれたのはいい思い出として残ってい る。
ホームレスにもよく声をかけられた。 食事をして飲食 店から一歩外に出ると必ずといっていいほどホームレスがつい て来 る。 釣り銭の小銭をめぐんでくれというのだ。小銭を渡 すと側で見ていた別のホームレ ス が次から次に近寄ってくる。あいつにやったんだったら俺にも くれよという。 ひどい時は5、6人に後をついて歩かれたこと もあった。 その年のアメリカは湾岸戦争の影響下で職を失っ た人が溢れている時期で、 日米貿易摩擦という言葉 があったように日本人の旅行者は好意的には見られてはいな かったと思う。 マンハッタンでの体験を簡単にまとめれば アベニューを 歩けば華やかなで、ストリートを歩けばそこに暮らす人々の生活感を 知ることができた。少し危険な気配も楽しみな がら撮影できたのは貴重な経験になったと思う。
長年押し入れの中に眠っていたネガからセレクトされた37枚の 写真。これらの写真を改めて眺めていると 滞在の最終日に行 動をともにしていた韓国人の玄さんとハードロックカフェで一杯 やりながら彼がリクエストした曲、レッドツェッペリンの天国 への階段が脳裏に蘇るのであった。
日常という不可解な世界。 MELOSというタイトルは走れメロスから引用したと竹内さんはいう。 肉体の限界、心の葛藤、障害を乗り越えて王様との理不尽な約束を果たした メロス。人間としての誠実さ強さを象徴するかのようなメロスだが 彼女からみたメロスは案外弱い一面を持つことに着目するのだという。 内面から湧き上がる自分自身が抱くイメージを一冊のzineとしてまとめています。 完全手作りで完成していた4冊は立ち上げイベントで早々完売。 次回の大阪展ではタイトルはそのままに内容を変更して制作されるとの事だ。momentに参加する作家の中で
最年少21歳の作品に注目したい。
バンドメイトから1本の電話メッセージ、 「次のライブは三角公園、アメ村とちがうよ。釡ヶ崎。最寄りの駅は新今宮やで」 1995年の冬だった。
私は幾度となくこの街に通い演奏してきた。 音楽を通してミュージシャンや詩人、画家、映画監督などのアーティストだけでな く、
三角公園や難波屋に来ている人とも知り合い、よく話を聞かせてもらった。 そして、ライブ後飲み明かした。 とても人間味溢れる人たち、人間の強さと弱さを併せ持った激しい生き方をしてい る 人も多かった。釡ヶ崎は、マスコミだは「危ない」「怖い街」とよく言われている が
私は「やさしい街」だと思う。 それは、このまちで知り合った人たちが教えてくれた。 私は、そのように音楽を通して経験した釡ヶ崎を、知り合った人たちを写真に撮っ てきた。 ここに写っている人たちは、三角公園や難波屋でよく会う、よく知っている人たち である。
作者キャプションより抜粋
街にはいつも光が射す。
サラリーマンが急ぎ足で交差点を渡っていく。
高架下のバス停では、いつもの係員が乗客を案内している。
路地裏ではレストランの店員が開店前にタバコを吸っている。
いつもの梅田の朝に、光は誰にも等しく射しているいる。
けれども、光の感じ方は、話し方と同じと同じように人によって違うようだ。
写真を撮る人間にとっては、光の感じ方、光と影の選び方は、表現そのものだ。
ビルの狭間に射し込む光。アスファルトに写る影、逆光のプラットフォーム。
行き交う人々。都市に射す光と影が作る都市的な感覚。
光と影の一瞬をとらえる。
そこに生があるように思えるのだ。
神が創造されたこの世界は人間の知恵などが及ばない創造性に満ち溢れている。
特に動物の中でも鳥の多様性の美しさには目を奪われる。
その佇まい、羽繕いの姿、視線の表情の豊かさ全てに魅了されるのである。
美しさの中に宿る命の旋律を、脈と脈の間に潜む魂の震えをその一瞬を私は捉え続けたい。
この度の作品集においては情緒豊かで美しい大和言葉からイメージした鳥の姿をまとめている。
人は死ぬ。花は枯れて木は朽ちる。
意匠を凝らした建造物も、
技術の粋を結集した最先端の製品も
競い合ってお買い求めされた何某も、
魂をこめて作られた美術作品も
胸に沁みるその音、その楽曲も
目を奪う鮮やかな色彩も
舌がとろけそうになるうまいめしも
感動の嵐を巻き起こす小説や言論も
愛だとか情だとか、気配やさえ
ときが経てばすべては無に帰す。
諸行は無常の理のもと
消却へと向かう現の道のりの途上で
そのはかなき姿を、刹那、とどめておく。
作者キャプションより
名護市から東に進んだ東海岸に小さな集落がある。
その集落は、APPLE TOWNと呼ばれていて1959年にキャンプシュワブが 完成した時期に同じくしてアメリカ軍のHarry Apple氏が 住人達と手を取り合って築いた街だ。 ベトナム戦争 ベトナム景気の時代に、金武や古座の街と同じように 多くの米兵が足を運び300軒近い飲食店が営まれていたそうだ。 しかし、今ではその繁栄は昔の話で、今は数軒の商店やバー、 残り空家や廃屋が目立つ。
それでも、この街には不思議な魅力がある。
ボクは、そんなAPPLE TOWNに引き込まれながら シャッターを押し続けた。
沖縄を歩くと、平凡な街並みであっても何か特別な景色に見えてくる。
その特別な景色は、街に住む人達の日常であることはわかっているのだが
どうしてもシャッターを切らずにいられなかった。
東南アジア特有の熱気を帯びた湿った空気のせいではないかと考えたが
自宅のエアコンが効いた部屋で写真を見返しても
そこにあるのは見慣れない特別な景色だった。
作者キャプションより
長崎市の「池島」は、世界遺産の軍艦島(端島)と
並んで、長崎県 のもう一つの主要な炭鉱の島とし
て知られています。西彼杵(にしそのぎ)半島の西側
沖合約7キロメートルの所にあり周囲は約4キロ
メートル。2001年に閉山されるまで 九州最後の炭
鉱だった池島は、無人になってしまった軍艦島と は違って、まだ人々が生活を続けています。
1970年台の最盛期には約7800人の人々が島に暮ら し、生活できるように団地群が建設されました。
世界的エネルギー事情の変化により石炭の需要は 減り2001年に閉山。地元の方の話によれば島民の
数も100人をきったという。無人化し蔦が蔓延り廃 墟化してゆく団地群はまるでオブジェのような怪
しい魅力を放っています。
炭鉱の島に残された時代の痕跡を探った2日間の 旅の記録。
文 ハヤシシゲミツ
極めて私見だが、猫がいる街はいい街だと思う。
彼らが生きることを許容する空間と人々の温かみがある。
大阪の阿倍野もそんな街の一つだ。
しかし、老朽化で打ち壊されていく建物同様に
子孫を残せない街猫・外猫たちは消えゆく運命。
昭和以前の匂いが残るこれらの風景も、ここに住む猫たちも
近い将来には見ることができなくなるだろう。
だからこそ、今日も猫たちに「元気か?」と挨拶しに路地へと出かける。
作者キャプションより
前回の政治的なタイトルから一変、今回の続編のタイトルはなんともおセンチなものとなった。
世界の終わりだ、と叫んだ半年前はまだ叫べばなんとかなるのでは、というほんの微かな希望があったのだろう。
もはやそんな希望すらない。あちら側では内外の政治のでたらめ、一方こちら側に目を向けると「弱者」や「地球環境」に寄り添うポーズの善人面したファシストだらけ。手を付けられない。ノスタルジアに浸るのは老人の悪癖。だけどもうこうなれば後ろを向かざるを得ないのではないか。アンドレイ・タルコフスキーの同名作品のようにせめて最後は故郷の森の霧や雪景色を夢みたかった。
Nostalgiaは過去への郷愁だけでなく未来への諦念の意味を隠し持っている。
本文エピローグより抜粋
髙木松寿の写真には光と影、白から黒への世界の中に無限の時間を封じ込め静止した濃密な凝縮があり真昼の太陽も夜の闇の中に吸い取られていくような異次元の世界が私を戦慄させる。その現出した風景は、遙か彼方から続き未来永劫に普遍であるような時間を感じさせない空間として昇華され鋭利に切り取られた風景は髙木独自の精神世界を形成する。
以上の文章はグラフィックデザイナー永井一正氏が、髙木氏の作品を評したものです。
私の作品のそのすべての原風景はいつも心のどこかにある。ある「モノ」に心を惹かれ歩み寄るときファインダーに息づく光と影は私にとって既視感の世界なのだ。心の肖像が浮かんで来たからだろうか。私はそのシーンの追体験に漆黒の闇と白との階調にすべてを託す。私は、私のモノクロームの領域で時を透明化する。
作者キャプションより
Publication January- 2024
釜ヶ崎では歌や音楽は皆のものだ。通りでも酒場でも歌や音楽に溢れている。
それは音楽へのパッションだ。私も三角公園のステージで演奏してきたけれど
公園に集まった人たちが音楽をとても楽しみにしていることをひしひしと感じた。
歌や音楽は、釜ヶ崎に住む人達にとって、楽しみであると同時に生きる糧、生きる力なのだと思う。そんな音楽の力、労働者と歌い手のパッションをこの写真集で記録したかった。
作者キャプションより抜粋
大阪に住んだことがない人間でも
一度は聞いたことのある地名「西成」。
簡易宿泊施設が集中する釜ヶ崎や元遊郭跡の飛田新地を含む
かつての濃い大阪が残る街である。
まだ無機質な高層ビルに浸食されきっていないゆえに
路上で猫に遭遇することの多い猫街でもある。
そんな西成では、時折「猫しかいない風景」に出くわすことがある。
まるで昔からそこにいたかのように
飄々と景色に馴染み佇んでいたりするのだ。
その瞬間、猫こそがこの街の真の住人ではないか、という気がしてくる。
家と家の隙間、軒下、塀や屋根の上を自由に往来する彼らは
人間よりもよほど街のことを知っている。
時代性や価値観とも無縁に、ただ逞しく健気に生きている。
ある種の羨望を覚えながら思う。
この猫たちと彼らを優しく包み込む街を
いつか消え去るであろうこの風景を
記憶に留めたいと。
作者キャプションより
データが消えても本は残る。そのとき感じたものを留めておける。だから本を作りたいと思った。
作者キャプションより
川のせせらぎを聴きながら道を進む。 天気には恵まれたが冬の風は冷たい。
温泉街では廃業した宿泊施設や店舗の 廃墟化が進んでいる。
それらを眺めていると 自身が幼少の頃、家族と温泉地で過ごした 記憶が薄っすらと蘇る。
時代の変化とともに取り残された痕跡は 私に何かを訴えてくる。
残された景色。
それらは懐かしく
また憧憬すら覚えるのである。
作者キャプションより
本文•表紙ともに和紙にインクジェットプリント
フルカラー版/モノクロ版
制作のプロセス全て作者本人による。
撮影から編集•デザイン•印刷•製本まで
全て自家製の写真集は、2010年PX3のBOOK部門silver prizeとなった「in the real」、2011年の「on the edge」以来、実に12年ぶりの制作。ネットプリント等で手軽に写真集を作ることが可能になった時代に逆行する、全て作者本人の手により制作された写真集です。最終ページには写真集制作時に流されていた音楽のリストが記されています。
フルカラー版 ¥25,000
モノクロ版 ¥18,000
【いずれもエディション10冊のみ】
(受注生産につきご注文から納品までに約2週間かかります)
恥ずかしい旧式i-phoneによる写真集もついに3冊目。
今回のタイトルはこの写真集の発売と同時に開く
絵画展と同名のDis communication。
絵画はおまえとおれ、おまえとおまえ、おれとおれの関係は
全て分かり合えないのだ、とばかりに人物像で攻めてみたが、
おれの写真のテーマは都市だ。
都市が権力によってのみ立つ現代だと考えがちだが、
ヒトが権力とそして都市と決して分かり合えないのは
この時代ではなく太古の昔からである。
作者キャプションより
写真集「神創美鳥」に続く待望の新作。
詩を紡ぐように心象写真を紡いだ飯井マユミ初のモノクロ写真集
1995年から2000年の5年間に撮影されたモノクロ写真で構成された新作写真集。
去年発表された写真集「空の下I、II」の続編と言えるだろう。
髙木氏の眼差しは光と影、また普段の生活の中で私たちが見過ごしているさりげない物や事にむけられている。ハイコントラストなプリントから浮かび上がる質感、空気感は観るものを魅了する。
路地に光が射す。人の気配、生活を感じ、匂い、街の音が聞こえてくる。
どの街にも光は等しく光は射すがその光と影、コントラストは街によって違うようだ。
光と影はその街の通りや建物、人、営み、思いをも映し出す。
作者キャプションより抜粋
2024年7月10日快晴。
北海道旅行3日目、私は夕張にいた。 旅の目的は写真を撮る。 ただそれだけだった。
*夕張市
夕張山地と空知山地に跨る石狩炭田の南部に位置し、
かつて市域に多くの炭鉱があったが1990年までに全ての炭鉱が閉山した。
特産品の夕張メロンは全国的の有名でまた深刻な財政難は度々ニュース報道で知られたところである。
輪西駅から程近い商店街を歩く。
撮影していると一人の老人に声をかけられた。
しばらくの立ち話。この街がたどった栄枯盛衰
を短時間ながら聞かせていただく事ができた。
別れ際、高台を指差し撮影にお勧めである
事を教えてくれた。勧められたとおり私は高台
に向かった。眼下には室蘭の主幹産業である
製鉄所の工場群、白鳥大橋が望めた。
対照的に私の背面には風光明媚なイタンキ浜が広がっていた。
午後からは室蘭駅から中央商店街、港を経由して
母恋まで歩いた。街中でも人は少なかったが
初めて訪れた室蘭の街はどこか懐かしく
まるで遠い日の故郷にたどりついたような
不思議な体験となった。撮影を終えて宿泊地から
程近い老舗焼き鳥店で名物の室蘭焼き鳥をいただく。
ほろ酔いで後にした店の周辺で見た景色は事情があって
一人暮らしをしていた高校時代に過ごした街の記憶と
オーバーラップするのであった。
2024年7月12日 室蘭にて
本書は、人の手によって作られたものが長い年月をかけ自然へと渡り、本来あるべき姿ではなく
「新しいもの」へとかわっていく様を写真に収めたものである。写真家の藤井満博は
廃墟は「自然へ還る」のではなく「新しいものへと変貌をとげている」と考える。
ここにある写真はその瞬間を写したにすぎないのだ。
藤井の写真を通し、かつてそこにあった人々の営みを当時の様々な情景が染み付いたものから感じとってほしい。
そして、今もなお自然と共に「新しいもの」へとかわっていく廃墟について、是非、貴方ならではの物語をつくってみてほしい。
作者キャプションより